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大橋一弘
Kazuhiro Ohashi
凪の空
「天地に開けた時空のトポス」。担当していた心理面接の過程を記した私の論文への、亡き師、精神科医加藤清先生の言葉。面接が停滞していると感じられていたある日、私もクライエントも偶々それぞれに名月を見上げて来室し、「今日はお月見にしませんか」との言葉に私は迷いつつ頷いた。すると対話は図らずも深まり、お月見はせぬままに。胸の裡に月光を感じつつ。これが以後の面接の転機となった。 トポスとは場を意味するギリシャ語。変容や展開の起こる時や場は、どこか通常の時空と切り離された特異性を帯びて現れる。偶然現れた場に身を開き、思い込みに満ちた日々の流れから切り離されて。 日々のふとした隙間にも、歩く旅の最中にふと立ち止まる一瞬にもトポスは開けている。場の気配に意識の内奥が呼び起こされ、主体性が揺らぎ、意識されざる意識がイメージとして湧き上がる。それこそが芸術という営みなのだろう。 ぽっかり開けた凪の空の下のトポスで。
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