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藤岡耕太郎
Kotaro Fujioka
曇天
この世界は、禍々しいものを含んだまま、平然と在る。 理不尽と死は、道端に転がっていて、いつそれらに噛まれるかしれぬ。 豪奢で清潔なホテルの客室であっても、白い壁の向こうから、微かな叫び声が絶えず漏れ聞こえるのである。 中也が慄いた、曇天の黒い旗。 音もなく、高く、はためくばかりで、手繰り下すことのかなわぬ黒い旗。 私はその徴を残したいと、写真をこれまで続けてきたと思う。 古典技法は、撮影された被写体から、何かを削ぎ落とし、隠し、写真のもつ明瞭さや具象性を溶き流した。 その過程で、印画紙に留まったものが、「曇天」の残像である。
同時代ギャラリー
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