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木村肇
Hajime Kimura
嘘の家族
嘘の家族とは、過去に取り組んできた自身の家族に関する作品をもういちど考えるためのプロジェクトです。
自分を顧みるときになぜ自身の家族や生い立ち、環境などに悪しくも惹かれてしまうのか、私は作品制作の
さなかに考える余裕があまりなかったように思えるのです。
「悪しく」とは自分と家族の関係を表しているのですが、幼年期から壮年初期に至るまで、私は家族を
恥ずかしい存在と考えていました。
東京から電車で1時間あまりのどこにでも在る郊外の一軒家。
今思い返すと、特段表立って不平不満を漏らすような家族ではなかったような気もします。
もしかすると誰しもが一度は思春期前後に抱くような感覚だったのかもしれません。
ですが当時の私は常にどこかで偽りの家族像を頭の中に思い描く癖があり、最終的にはその分身である私も、偽りの家族の一員なのだという感覚から再度逃げるように夢の中に戻るのでした。
偽りの家族とは、理想の家族と言い換えることが出来たのかもしれません。
私が理想の家族の一員でいるときにだけ、束の間の安堵感に浸ることが出来ました。
私が16歳のとき、母が亡くなり29歳のときに父が亡くなりました。両親が存在しなくなった後も尚、私は彼らが存命であると吹聴していました。 私はなぜそのような行動をとったのか、なぜそう思い込もうとしたのか、そしてなぜわざわざ作品として見せようと思ったのか、という過去の自身の行動を考察しようと思いました。
ある朝、父と母の喧嘩を眺めながら私は玄関のドアを開けます。
ドアを閉めた途端、喧嘩は無かったことになり、理想の家族の一員として、私は小学校に通うのです。
玄関には私が物心がついたときから掛けられている鏡があります。
外に出るとき、必ずその鏡の前を通らなければいけませんでした。
私はその鏡をあまり見なくなった時期がありました。
それが正確にいつからいつまでだったのかは覚えていませんが、だいぶ長い時間、私は鏡の存在を無かった
ことにしていました。
ときが経ち、鏡はときたま私を見返すようになり、私は夢に戻ることはなくなりました。
気がつくと、鏡に映った嘘の家族は私だけになっていました。
嘘の記憶を剥がしたあとに出てくる、鏡に映った自分がもう一人の僕を今も見ているのでした。
Su
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